庭の花たち

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2010年 10月 29日

JTrimで

JTrimでKさんの 作り方で勉強してみました。
お手本とはちょっと違います。
いつも数値を変えて 試すもので・・・。

左辺が特におかしいです。これ見ていたら引っ張って 左右対称にしたくなります。
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by pc5takahashi | 2010-10-29 19:43 | Comments(8)
2010年 10月 29日

パソコン操作の便利技

今日はパソコンの便利技を習いました。
Hさまありがとうございました。
ローマ字入力で 正しく入力しているのに「意味もないひらがな」が 現れたり とても困る事があります。時たまありますよね。本当に困ります。

* 右クリックの便利さを 今日も思い知りました。
*「ファイルを簡単に印刷」ファイルを右クリック メニューから「印刷」を選択しクリックを実行

* 全角文字入力中に半角スペースを入れたい。shift+spaceキーを押す。(半角スペースが入る) 
そのほか
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by pc5takahashi | 2010-10-29 18:54 | 講座 | Comments(0)
2010年 10月 16日

今週の行事

10月13日 pm7:00~ 芝園中学4階ランチルームにて
 「警察ボランティア補導員」の研修会

 応援で

 中尾哲夫様「長く生きてきて思う事」と題して
  中尾さんは 現代社会に うつ病が多いことについて、
「昔は 不満があれ 元気に声を出して言ったが今は不満を持っていても 声に出さない。ネットのゲームに没入、仮想(ゲーム)と現実が分からなくなっている」 
   
 小さい頃「家族とともに土に親しんだ、一緒に作業することにより」それがよかったのだといわれる。今の社会は核家族で 一つの事を成すという事をしない 家族のつながりが希薄、コミニュケーションがない。コミュニティーの崩壊。

 中尾さんの家では 中尾さんが忙しく夕食も一緒に出来なかったので 奥さんが 5分間だけ 父親(中尾氏)の話を子達にされたそうだ。(父親不在にならないため)これに対して中尾さんは感謝しておられた様子。
 長い間 
家族で一緒に「歌をうたう、楽譜をよむ」を実行されていたようだ。
 現今の犯罪は 特別孤独な人間が起こしているとおっしゃった。
 昔のような暖かい家庭を!

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

2校下(新庄)、新庄北校下合同)の秋季防災教室
10月16日(土)午前10時~    地区センターにて
家具転倒防止について・・・実際 (県防災士会)
    室内の地震対策 
心肺蘇生/AEDの使用の実際 /初期火災訓練・消火器の設置(T市消防署 北部出張所)

防災機材の展示
鍵かけ防犯のキャンペーン チラシ配布  ー以上ー
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by pc5takahashi | 2010-10-16 19:32 | 日記 | Comments(8)
2010年 10月 12日

今月末は「ハロウイーン」ですね

グーグルの地球儀をお借りしました。
<ボタンをワンクリックづつしてプリントスクリーンしていくと 70コマ以上になるので、地球儀をクリック4回か5回クリックするごとに プリントスクリーンしてコマを作り上げた。

何度も思考錯誤して 完成にこぎつけました。

お化けに挨拶をさせました。
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引用文を

ハロウィン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
この項目では、祭について記述しています。その他の用法については「ハロウィン (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ジャックランタン
別名 All Hallows' Eve
All Saints' Eve
挙行 世界中
種類 非宗教的、キリスト教とケルト人の伝統にルーツをもつ
日付 10月31日
行事 コスチューム・パーティ、焚火、占い
関連する祝日 サウィン、諸聖人の日

ハロウィン 、あるいはハロウィーン(Halloween, Hallowe'en) は、カトリックの諸聖人の日(万聖節)の前晩(10月31日)に行われる伝統行事。諸聖人の日の旧称"All Hallows"のeve(前夜祭)であることから、Halloweenと呼ばれるようになった。

ケルト人の収穫感謝祭がカトリックに取り入れられたものとされている。由来と歴史的経緯からアングロ・サクソン系諸国で主に行われる行事であって地域性が強く、キリスト教の広まる地域であれば必ず祝われるという訳ではない。

目次 [非表示]
1 概要
2 仮装とランタン
3 文化史
3.1 ケルトのサウィン祭
3.2 ハロウィンの習慣
3.3 ジャックオーランタンの伝説
4 世界での受容
5 日本での受容
5.1 モラル問題
6 ハロウィンをテーマにした作品等
6.1 映画
6.2 書籍
6.2.1 漫画
6.3 音楽
6.4 特撮
6.5 パチスロ
6.6 その他
7 脚注
8 関連項目

概要 [編集]
ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていた。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。601年にローマ教皇グレゴリウス1世が宣教師にケルト人へキリスト教改宗の策として、「ケルト人の信仰法である木の伐採は行わずに、木の真上にはキリストの神様がいてそのために木を信仰し続けなさい。と広めなさい」と言ったのがいまのハロウィンになったきっかけでもある[要出典]。

家族の墓地にお参りし、そこで蝋燭をつけるという地方もある。墓地全体が、大きなランタンのように明々と輝く。日本のお盆の迎え火・送り火にも似ているかもしれない。ただ、これに合わせて欧米では、放火事件などが頻発する。

これに因み、31日の夜、カボチャ(本来はカブ)をくりぬいた中に蝋燭を立てて「ジャック・オー・ランタン」を作り、魔女やお化けに仮装した子供達が「トリック・オア・トリート(Trick or treat. お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ)」と唱えて近くの家を1軒ずつ訪ねる。家庭では、カボチャの菓子を作り、子供たちは貰ったお菓子を持ち寄り、ハロウィン・パーティーを開いたりする。

仮装とランタン [編集]

大きくオレンジ色の外皮が特徴的なアメリカのカボチャハロウィンのテーマは不気味なものや怖ろしいもので、妖精や精霊に限らず、「死」そのものや、不死の怪物、黒魔術、伝承の怪物などが含まれる。ハロウィンで仮装されるものには、幽霊、魔女、コウモリ、黒猫、ゴブリン、バンシー、ゾンビ、魔神、などの民間で伝承されるものや、ドラキュラやフランケンシュタインのような文学作品に登場する怪物が含まれる。ハロウィン前後の時期には、これらのシンボルで家を飾る。


ジャックランタン黒とオレンジ色が伝統的なハロウィンの色である。「ジャックランタン(Jack-o’-lantern)」(お化けカボチャ、カボチャちょうちん)は、オレンジ色のカボチャをくりぬき、刻み目を入れ、内側からろうそくで照らしたもので、最もハロウィンらしいシンボルである。ハロウィンを祝う家庭では、カボチャを刻んで怖い顔や滑稽な顔を作り、悪い霊を怖がらせて追い払うため、ハロウィンの晩、家の戸口の上り段に置く。

ただし、1990年代以降、仮装の対象としてあまり扱われなくなったモチーフも多い。黒人・インディアンなどは人種差別の見地から、妊婦や身体障害者なども同様の見地から好まれないようになった。ひいては、長年ハロウィンの仮装の特徴だった怪物などのおどろおどろしいモチーフすら廃れ、妖精や野菜など愛らしいものが仮装のモチーフに好まれる傾向が見られる。

文化史 [編集]
ケルトのサウィン祭 [編集]
古代ケルトのドルイドの信仰では、新年の始まりは冬の季節の始まりである11月1日のサウィン(Samhain)祭であった。ちょうど短い日が新しい年の始まりを示していたように、日没は新しい日の始まりを意味していた。したがって、この収穫祭は毎年10月31日の夜に始まった。アイルランドと英国のドルイド祭司たちは、火をつけ、作物と動物の犠牲を捧げた。また、ドルイド祭司たちが火のまわりで踊るとともに、太陽の季節が過ぎ去り、暗闇の季節が始まった。

11月1日の朝が来ると、ドルイド祭司は、各家庭にこの火から燃えさしを与えた。各家族は、この火を家に持ち帰り、かまどの火を新しくつけて家を暖め、「妖精」(「シー(Sith)」と呼ばれる。女の妖精はバンシーと呼ばれた)などの悪霊が入らないようにする。というのも、1年のこの時期には、この世と霊界との間に目に見えない「門」が開き、この両方の世界の間で自由に行き来が可能となると信じられていたからである。

祭典ではかがり火が大きな役割を演じた。村民たちは、屠殺した牛の骨を炎の上に投げ込んだ(「かがり火」を"bonfire"と呼ぶのは、これらの「骨火」に由来すると思われる)。かがり火が燃え上がると、村人たちは他のすべての火を消した。その後、各家族は厳粛にこの共通の炎から炉床に火をつけた。これにより、村の各家族は1つにつながった。アイルランドでは今でも、毎年ハロウィンの夜には何百もの火が点けられている。

新異教主義者(Neopagans)は、今でもハロウィンの日には、世俗的なハロウィンに参加するとともに、サウェン祭を祝っている。

ハロウィンの習慣 [編集]

ハロウィンのために魔女やお化けに仮装した子供たちハロウィンの習慣は、イングランド南部では17世紀以降、11月5日の火薬陰謀事件の記念日(ガイ・フォークス・デイ)に置き換わり、廃れた。しかしながら、スコットランドおよびイングランド北部においては広く普及したままであった。イングランド南部で、すっかり米国風のハロウィンになったとはいえ、再び普及したのは、この10年間だけである。

アイルランドでは10月最後の月曜が祝日となっており、ハロウィンを祝う習慣が最も純粋な形で残っている。この祝日に続く週は、学期の半ばであるがすべての学校が休みになり、一般にハロウィーン休みと呼ばれる。この結果、アイルランドは、ハロウィンの日に子供の学校がなく、したがって、古代の由緒ある方法で無条件にハロウィンを祝うことのできる唯一の国である。

「トリック・オア・トリート(Trick or Treat)」の習慣は、クリスマスの時期の酒宴(古い英語で wassailing と呼ばれる)の習慣に似た、soulingと呼ばれるヨーロッパの習慣から発展したと思われる。11月2日の死者の日に、キリスト教徒は「魂のケーキ(soul cake)[1]」を乞いながら、村から村へと歩いた。物乞いをするときには、亡くなった親類の霊魂の天国への道を助けるためのお祈りをすると約束した。魂のケーキの分配は、サウィン祭のとき徘徊する幽霊に食べ物とワインを残す古代の風習に代わるものとして、キリスト教会によって奨励された。

ブルターニュ西部のケルト族の一部では、サウェン祭は、今でも「小さな角 (Kornigou) 」を焼くことにより予告される。「小さな角」は、あの世の王国へ戻るときに角を落とす冬の神を記念するため、枝角の形に焼かれたケーキである。

日本では夏がお化けの季節となっているが、北米ではハロウィンの時期が幽霊などの季節となっている。そこでこのハロウィンが近づくとホラー映画の公開やテレビでの放送が多くなる。

ジャックオーランタンの伝説 [編集]
その昔ウィルという、口は巧いが卑怯で素行も最悪な鍛冶屋の男がいた。彼は死後に死者の門へ着いたのだが、そこで聖ペテロ(天国へ行くか地獄へ行くかを選定する者)を騙し、 生き返った。しかし生き返った後も反省はせず、前の通り最悪な男のままだった。そのため、再び死後に死者の門を訪れた際、聖ペテロに「お前はもはや天国へ行くことも、地獄へ行くこともまかりならん」と言われ、暗い闇の中を漂うこととなった。それを見て哀れんだ悪魔は、地獄の劫火から轟々と燃える石炭を1つ取り、ウィルに明かりとして渡した。その明かりは時々、現世に種火のような弱い光を投げかける。それから、夜中に不思議な光が見えるとき、哀れなウィルの話になぞらえて「種火のウィル」「ウィル・オー・ザ・ウィスプ」と呼ぶようになった。

ジャック(男、一般的な男性の名前)の角燈「ジャックオーランタン」ともよばれている。現在は、ナイトメアー・ビフォア・クリスマス等の影響でこちらの方が有名。多種多様な話、呼び名があるが、各教会ごとに脚色したり、本として出版するときに話が増えたのだろう。世界中にも不思議な光の話がある。

世界での受容 [編集]
主にアイルランド、イギリス、アメリカ、カナダ、プエルトリコ、ニュージーランド、そしてオーストラリアの一部に広まっている。これらの国ではハロウィンが盛大に開かれるが、プロテスタント信徒が多いせいもあって、その翌日にあたる諸聖人の日には通常、これといった行事は催されない。宗教改革以降、プロテスタント諸国では諸聖人の日が徐々に廃れたため、ハロウィンのみが残された格好になっている。

アメリカの一部の学校では、ハロウィンがキリスト教由来の行事ではないことから、「ハロウィンを行わないように」という通達が出されることがある[2]。

東方教会(正教会・東方諸教会)の広まる地域(東欧・中東など)においてはハロウィンはあまり普及していない。ロンドンにあるロシア正教会の司祭はハロウィンを「死のカルト」であると批判している[3]。またロシアにおいてはロシア教育省が宗教行事の一環であることを理由に、公立学校に対してハロウィンの関連行事を行わないよう通達を出している。

カトリック信徒の多いラテン系諸国(イタリア・スペイン・ポルトガルおよび中南米諸国)でも、あまり普及していない。これらの国においては、諸聖人の日が重要視されており、祝日に制定している国も多い。

ドイツと日本においてはアメリカの大衆文化として一部受容されている(日本については後述)。

また、訪問した子ども達に食品では無いものを故意に渡す人間がいるとの噂が広まり、欧米ではモラルパニックの様相を呈したこともある[4][5][6]。

日本での受容 [編集]
この記事には「独自研究」に基づいた記述が含まれているおそれがあります。これを解消するためにある情報の根拠だけではなく、信頼可能な解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください。

日本では、この行事は、青少年・児童向けの英語教材やアメリカの映画・テレビドラマなどを通じて、アメリカの子どもたちの行う行事として知られていた。 映画『E.T.』の大ヒットによりハロウィンが再認識され、1990年代以降、首都圏の一部では盛んになった。内容は、子どもらがお菓子を請うことや、仮装パレード(子ども・大人を問わず)の形式をとることが多かった。なお、専らアットホームで明るいイベントとしての性格が強く、お菓子をもらえなかった子どものいたずらなどは導入されていなかった。また、仮装のモチーフも、魔女や小悪魔など怪奇性のあるものも主流だが、それらとて愛らしさが強調されていた。他、日本の妖怪やアニメキャラ(「機動戦士ガンダム」などのロボットアニメ、「ちびまる子ちゃん」など多くの世代に知られるものの他、その時点で子ども〈特に低年齢の女児〉に人気のあるアニメキャラ)など、日本独自のものも多い(中にはただの仮装パレードと化している地域もあった)。パレードとして国内最大のものはJR川崎駅前の「カワサキ・ハロウィン・パレード」である。このパレードでは約三千人による仮装パレードで約十万人の人出を数える(2010年で14回目)[1]。

欧米系帰化人が多数在住する東京都小笠原村父島では、島民の秋のイベントとして定着しており、幼年の子どもたちの大多数が参加する程の盛況振りを見せている。

なお、もともとカトリックの祝日に起源を持つハロウィンだが、日本のカトリック教会では11月1日の「諸聖人の日」は祝日としているが、ハロウィンは教会の行事としてはほとんど行われていない。

2009年現在、製菓メーカーがこぞってハロウィン期間限定の菓子を発売するのが流行であり、商業界ではバレンタインデー、クリスマスに次ぐ「第3の商戦」とされる。

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by pc5takahashi | 2010-10-12 00:08 | 日記 | Comments(2)
2010年 10月 05日

研修会

富山電気ビル5Fで会合と「富山らしいおもてなしの昼食会とアトラクションの体験」

続いて13時からは2コースに分かれ

Aコース(富岩運河 船)、
私ら40名ほどは
Bコース(富山県代表産業の 薬業関係の視察)
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広貫堂では
独自の商法で全国を旅した越中売薬。「先用後利」という商法で富山の薬やさんは全国へ販路を広げた事。懸場帳を基に健康のアドバイス、全国へ行きさまざまな情報を持ち帰った。こんなサービス精神により、富山の薬は庶民の生活に根差していったのでしょう。

 明治4年に廃藩置県が行われ、今まであった「反魂丹役所」がなくなり、明治9年にくすりやさんが共同出資して製薬会社をつくる。「寒村僻地にまで、広く救療の志を貫せよ」と教えた富山の配置薬の父、前田正甫公の志を受け「広貫堂」誕生。みなさん小さい頃こんな言葉を いいはやしたことあるでしょう・

 ここの案内をした女性 私らを 県外の人間と勘違いしていたようなふしがありましたね。
広貫堂の資料館で 久しぶりにこんなフレーズを皆でいいあったね。
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池田屋安兵衛商店では
後日記載 


売薬資料館では
江戸中期には「富山藩第一の産業」に成長した事
今回の展示は、証文などの文書類から、断片的ではあるが、江戸時代の売薬商人の実態を少しでも探ろうと、現代に残された江戸時代の資料の中から、実際に売薬の商売に出かけていた商人について、改めて知り考える機会としたいと言う事で展示されているのです。 
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by pc5takahashi | 2010-10-05 21:49 | 日記 | Comments(4)
2010年 10月 01日

JTimで

町内のM宅の シャクナゲで
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我が家のブルーベリーで
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我が家の“朝鮮朝顔”で 
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by pc5takahashi | 2010-10-01 21:06 | Comments(2)